アーティスト 加藤雄太 のブログ
展覧会のレヴュー、本の感想、その他制作の日々の模様など。
Doblogからの引っ越しです。

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2011年が過ぎ行く
 またブログはご無沙汰になってしまいました。
 お久しぶりです。お元気でしょうか?

 僕は、29日に仙台へ帰仙しました。個展が迫ってきているので、そんなにのんびりは出来ないけれど、でも個展前最後のチャージをしていきます。

 さて、もう後は大晦日で2011年も終わるというこの時になって、僕はついに津波被害の酷かった地域へ行ってきました。

 前から行きたかった。でも、見学に行くような場所じゃない、実際被害にあった方々に失礼だ、という気持ちがあって今までどうしても行けなかった。
 でも、この年の瀬になって、来年へと、2011から2012へと数字が進む直前になって、どうしても2011年のうちにこの今年である2011年に何が故郷に起こったのかを見ておきたくなった。絵描きとして、1人の表現者として、今年のうちに直視しておく事がとても大事な事に思えてきたのだ。いや、表現者である以前に、1人の人間として、仙台に生まれたものとして、大事なことに思えてきたからである。

 そういうわけで、車で閖上へと行ってきました。
 以下は、その写真です。
 込み上げてくる涙。ただ呆然と見渡す荒れ地。
 復興してゆく華やかな都市部の光の影にある、今この瞬間の現実をお伝えできればと思います。
 そう。光もあれば、影もまた必ずあるのです。

2011.12 閖上1

2011.12 閖上2

2011.12 閖上3

2011.12 閖上4

2011.12 閖上5

2011.12 閖上6

2011.12 閖上7

2011.12 閖上8

 改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、2011年が時間のふるいによって風化していかない事を強く望みます。
 そして、来年が、皆さんにとって明るく希望に満ちたものになる事をお祈りします。
 みなさん、良いお年を。

しゅっ
 ブログのことはちゃんと気にかけていますが、ちょっと最近ピンポイントでホントに忙しい。

 忙しいって言葉は嫌いなんだけど。
 「心」を「亡くす」と書いて「忙」。
 時間は生み出すものだしね。相対的なはずです。

 でも、キャパシティーの少ない僕には忙しいのだ……。
『モダン・アート, アメリカン』展
 先日、六本木の国立新美術館で行われている『モダン・アート, アメリカン』を観に行ってきた。

展覧会『モダン・アート, アメリカン』

 看板を見れば分かるように、エドワード・ホッパーの作品が大々的に宣伝されている。
 僕は、ホッパー作品が好きなので、それが見れるという事でも楽しみだったし、ロスコ作品が来ているということで、ロスコ大好きの僕は尚更のことこの展覧会を楽しみにしていたのであった。

 今回は、「モダン・アート, アメリカン」ということで、アメリカ美術の展覧会だけれど、「珠玉のフィリップス・コレクション」というサブタイトルがあるように、フィリップス・コレクションからの出展である。

 展覧会は、19世紀後半から始まって、最後の展示室は1950年代に一世を風靡した抽象表現主義の部屋となる。
 確かに、ヨーロッパの影響を受けた19世紀後半から、アメリカ合衆国独自の芸術を求めた表現が現れるその流れや、都市化による影響など、アメリカ美術の変遷を辿る事はできる内容ではあった。
 でも、正直退屈な展覧会だった。

 上の画像にあるオキーフの作品だとか、確かに良い作品もあるんだけれど、全体的に地味でした。

 ただ、これはアメリカ文学にも言える事だと思うのだけれど、あのどうしようもない広漠とした感じ。乾いた大地がどこまでも続く感じ。それは展示されている作品からもはっきりと確認できて、絵画も文学も関係なく、アメリカ合衆国という国が生み出す芸術に共通する感覚なのだろうと思う。そこが好きなんだよ。ホッパーもカポーティもさ。

 なので、もっと良い展覧会にしてほしかった。
 見応えがなかったので、とても残念です。



[メモ]
国立新美術館 (六本木)
12月12日まで
『山本基 しろきもりへ ―現世の杜・常世の杜―』展
 さて、彫刻の森美術館の庭園は紹介したので、次は企画展の方の『山本基 しろきもりへ ―現世の杜・常世の杜―』。

展覧会『山本基』

 山本基(やまもともとい)[1966-]は、塩を使ってインスタレーション作品を制作するアーティスト。

 今回は、この展覧会のために、箱根に長期滞在し、作品をまさに出現させた。
 使われた塩は、計約7トン。

 最初の展示室は、大量の塩によって枯山水の庭園を思わせる情景が作られている。2つ目の展示室では、尖った鋭い岩山のようなオブジェが、これまた勿論塩で。最後の展示室では、床一面に、塩の線による模様が描かれている。

 展示はこの3室のみで、予想よりあまりに小規模で驚かされた。
 でも、特に最後の部屋の塩の模様図は見応えがありました。
 足場が組んであって、空中から見下ろせるようにもなっているんだけれど、海の白い波しぶきのようにも見えるし、うっそうと茂る森のようにも見える。
 いずれにしても、相当な面積を塩の線で描いてあるので、地震でも来たら消えてしまうのではないだろうか。(塩はただ床に置かれているだけなので、定着していない。そして、僕が観に行った数日前に実際地震があったけれど、とりあえず大丈夫だったそうです。)

 さて、塩を使うという表現は、作家は以前から行っているけれども、今回のタイミングでこういった展覧会を観ると、どうしても3月11日の地震を思う。
 津波となって荒れ狂う海。押し寄せた海水という塩水。
 それが、今回こうして芸術作品の素材として使われている。

 実際、今回の3つの展示室は、順に地上、上昇への憧れ、天界、のようなイメージになっているらしい。

 そして、この展示は来年の3月11日まで続く。
 最終日である2012年3月11日には、作品となっていた塩たちを来場者が持ち帰り、それぞれが海に還す、というプロジェクトがあり、それをもって展示の終了となる。

 生命は、海から来た。海と生き物は、勿論人間も、生きていく上でその関係は切り離せない。美しいと眺める海もあり、食や恵みをもたらすという面もあり、でも凶暴な牙を持って荒れ狂うという面も持っている。
 それを素材として、別世界や壮大なスケール感を見せるアート作品へと昇華し、様々な思いを抱かせ、時間がくれば全ての形を消し去り生まれでた海へと還す。

 展示の量は少なかったけれど、観て良かったと思う展覧会でした。
 それに、企画展のボリュームが少なくても、1つ前の記事で紹介したように、常設が沢山あるからね。興味がある方は足を運ばれてはどうでしょうか。



[メモ]
箱根 彫刻の森美術館 (神奈川県足柄下郡箱根町)
2012年3月11日まで
箱根 彫刻の森美術館と『山本基 しろきもりへ』展
 Blogを沈黙していた間、ぽつぽつとアートフェアや展覧会へ行っていたんだけれど、勿論もうそのほとんどが終了している。
 そんな中、この展覧会はまだ開催中なので、復帰戦にこれから書いてみよう。

 場所は、箱根 彫刻の森美術館。
 9月1日の迫り来る台風の中、レンタカーを借りて遥々箱根へ行ってきた。
 あ、ちなみに利用したのは、格安中古車レンタカーの「ニコニコレンタカー」。12時間2525円です!相当昔のおんぼろマーチだったけど、安いからオッケー。既にボコボコでこすってあるし、緊張しないで済んだしね(笑)。

箱根彫刻の森美術館 01
 到着。初めての訪問です。
 箱根の山をくねくねくねくねとかなり登ったとこにあって、それはそれは山の上の美術館でした。

箱根彫刻の森美術館 02
 お庭。
 ロダンの有名なバルザック像がお出迎え(右のやつ)。これは、リアリティを追求してロダンが作ったんだけど、多くの資料などからバルザックの姿に迫り、その結果、バルザック本来のリアルさ、即ち、お腹とかぶよぶよだったバルザックを再現した彫刻となって大顰蹙(ひんしゅく)を買い、ロダンは仕方なく長めのコートのような服装にして醜い体のフォルムを隠した。それでもサロンでは酷評で、確か依頼した文芸家協会かなんかは怒って受け取りを拒否したんだったと思う。

 そんな話はさておき。今日はプチ旅行で気分転換。

箱根彫刻の森美術館 03
 相当な山の上、森の中、なことが伝わるでしょうか。

 美術館の名前は有名だけれど、やっぱり都心とかの美術館行っちゃうし、実際に足を運んだ事がある人は少ないんではないだろうか?

箱根彫刻の森美術館 04
 広大な敷地には、沢山の立体が展示されています。散策路のように、ずーっと続いている。

箱根彫刻の森美術館 05
 これは、確か佐藤忠良の作品。

箱根彫刻の森美術館 06
 不思議な立体作品。

箱根彫刻の森美術館 07
 近づくとこんな感じ。

箱根彫刻の森美術館 08
 こんな人たちもいたり。

 とまぁ、色んな作品が点在していた。
 途中、ザザーッとシャワーのような雨が降ったりしたけれど、天気は概ねもってくれた。

箱根彫刻の森美術館 09
 ネットの森。
 名前の通り、内部はネットを張り巡らせた遊具のような空間になっていて遊ぶ事が出来ます。

 あ、そうそう。あと、この美術館の感動したところとして、散策路の端っこや陰の方にあるトイレとかまでピカピカ綺麗で手入れが行き届いていたことを挙げたい。素晴らしい管理体制だと思った。そういうところも気持ちよかったです。

 さて、美術館本館から一番遠い辺りまで散策路を進むと‥‥

箱根彫刻の森美術館 10
 ピカソ館があります。
 ピカソ作品オンリーの建物。
 グミみたいな見た目の素材“ジュマイユ”(一応ガラス?)で作ったステンドグラスみたいな絵画があって、そんなの作ってたなんて知らなかったから、とても新鮮に観た。あまりにも斬新で現代的なので、最初観たときは現代の技術で作った複製のインテリアかなにかと思ったくらいです。

箱根彫刻の森美術館 11
 山の中だ‥‥。

箱根彫刻の森美術館 12
 ピサの斜塔のような建造物。実際に中の螺旋階段を登る事が出来る。
 僕も登ってみたけれど、雨で足下が濡れていて、階段はかなり急だったので、結構な危険を感じ途中で降りました。

 お土産とか売っている建物の横には‥‥

箱根彫刻の森美術館 13
 まさかの足湯!
 天気が天気なので誰も浸かってなかったけれど、僕はモチロン(笑)。ピサの斜塔を眺めながらまったりと。

 そして、この辺りから漸く復路になる。広いでしょ!?

箱根彫刻の森美術館 14
 この色遣い。このフォルム。分かる人には分かる、ニキ・ド・サンファールですね。

 ニキ・ド・サンファールの彫刻の側には‥‥

箱根彫刻の森美術館 15
 これは笑った。

箱根彫刻の森美術館 16
 もうすぐスタート地点。

箱根彫刻の森美術館 17
 見えますか?上空の彫刻。
 遥か空へ…。

箱根彫刻の森美術館 18
 そして、撃墜(笑)。
 いやだって、位置関係的にそうとしか見えない。

 とまぁ、盛りだくさんな彫刻の森美術館の庭園の画像を載せていたら、肝心の企画展に触れるにはあまりに長くなり過ぎたので(苦笑)、それはまた別エントリーとしてアップします。



[メモ]
箱根 彫刻の森美術館 (神奈川県足柄下郡箱根町)
年中無休 9:00〜17:00
復活
 皆さん。お久しぶりです。
 ブログ書く書くと言いながら、なかなか書けない、いや、書かない最近でした。

 そして、突然思ったんですね。「そうだ。ブログを書こう」、と。

 今までTwitterとかにかまけてかまってあげなくてごめんね、ブログくん。
 これからは、もっとちゃんと書くよ。

 ということで、心機一転、blogリハビリしながら徐々に復活でーす。
 よろしくお願いします。

『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』
 さて、久々に展覧会の記事を書こう!
 今日行きたてほやほやの展覧会から。

展覧会『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』
 国立新美術館にて開催中の『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』。

 印象派の展覧会なんて、あちこちで度々行われるので珍しくもないし、でも日本人は印象派大好きだし、毎回盛況となるものだ。
 だからこそ逆に質の高い展覧会はあまり無い。

 今回の展覧会は、ナショナル・ギャラリーの西館の大規模改修に伴い実現したもの。
 元々コレクションの質が高いのは周知の通り。そして、そういった質の高い作品が多く来ているようなので期待していた。

 展示室に入り、作品を見回すと、期待を裏切らない展示!
 いやー、良かったよ!

 クールベ、ブータン、マネなどから始まり、ピサロやモネやドガ、そしてセザンヌ、ゴーギャンゴッホ、などなどと印象派とその前後周辺の作品群から構成されているのだが、これが貸し出しケチってない感じの良質な作品に溢れていて、ホント見応えがある。

 なんでも、ナショナル・ギャラリーには「常設コレクション」が設定されていて、それらは1度に12点までしか貸し出しされないという決まりがあるらしい。そして、今回その常設コレクションから9点がこの六本木に集結している。

 また、版画などの紙媒体の作品のみの展示室があったのだけれど、ナショナル・ギャラリーの紙媒体作品は、各作品計15回までしか貸し出し出来ないらしいのだが、そのうちの貴重な1回が今回ということになる。

 まあ、そういうマニアックなことはさておき、本当に良い作品が多かった。
 その中でも特に、マネとモネとセザンヌが良かったな〜。やっぱ、偉大だ、彼らは。

 展示もゆったりと配置されていて観易く、しかも比較的空いていてじっくりと観ることができた。

 ちなみに、ナショナル・ギャラリーは National とは言っても国立じゃないよ。あくまで名称。日本の電機メーカーのナショナルみたいな感覚。
 市民の寄付によって出来た美術館。それが National Gallery なのです。日本でも一時期「小さな政府」なんて言葉が聞かれたけれど、こういうことが成立するアメリカ合衆国って国は、本当の意味で「小さな政府」って言葉が意味を持てる国なのだろうと思います。

 昔からこのブログを読んでいる方々は知って頂いていると思うけれど、僕が記事文中で「おすすめ」と書いた展覧会は本当におすすめです。そいういうのしか、決して「おすすめ」とは書かない、と決めているのです!
 そして、この展覧会はおすすめと言えるでしょう。楽しめる展覧会だと思います。


 ※印象派について知りたい方は、過去に書いた印象派講座の記事をどうぞ♪



[メモ]
国立新美術館 (六本木)
9月5日まで
地震後に仙台へ帰ったときの画像
 これをアップして、漸く心機一転でブログを再開できる気がする。


 2011年4月14日。高速バスにて仙台着。

 早速、バスを降りて早々に仙台駅東口にて。
仙台震災01

 仙台駅。
仙台震災02


 4月15日。実家周辺散歩。

 近所の階段。
仙台震災03

 影になっているけれど、隙間が空いている。
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 地面が動いて引っ張られたのだろうか?
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 この写真、道路が盛り上がっているの分かるかな?
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 別アングルで。
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 隙間があるし、液体が滲んでいる。
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 実家の下の壁。もう補修されていたが、縦にクラックが入っていた。
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 公園にて。瓦が降ってくるため。
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 桜のつぼみ。そういう時期だった。
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 壁にひび。ちなみに、この小児科の看板は僕の母が書いた。
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 実家の庭。
 僕が着いた時点で既に補修が終わっていたが、亀裂が入り、地盤が下がっていたそうだ。
 土が新しいので、埋めたのが分かる。
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 地盤が下がっていたので、傾いてしまった。奥の石油タンクも傾いていたらしい。
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 窓から外を見ると、こんな家も。ちなみに、元々は塀もあったのだけれど、綺麗に無くなっている。
仙台震災26

 4月16日。
 お寺の桜。とても綺麗だった。
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 でも、境内へ行くと。
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 青いビニールでくるまれているのは鐘。根こそぎ無くなっている。
仙台震災30

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 これは、古川市の町中。
 車から撮影したので、この1枚のみだけれど、この辺は被害が酷かった。
 家とか、建物自体が崩れたりとか、多く見られました。
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 4月18日。仙台市内を歩いてみる。
 活気があったけれど、よく見ると、色々なところに爪痕があった。
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仙台震災35

仙台震災36

◇2011年6月◇
作品 201106

 お久しぶりです。本当にお久しぶりなブログになってしまいました。

 色々あったけれど、僕は元気です。

 ちょっとBlogやSNS系から遠ざかっていた最近ですが、漸く重い腰を上げ、復活できそうな気がします。ホームページも更新しなきゃね!(汗)
 またゴンゴン書いていくからね〜。よろしくです。



[画像]
《灯台》
2010/09/24
岩絵具、パネルに寒冷紗
22.0×22.0cm
個人蔵
《A Lighthouse》
Powdered mineral pigments on cheesecloth mounted on panel
Private collection
※画像の無断転載・転用は禁止です
東北地方太平洋沖地震
 前回の更新から、大きく間が空きました。
 この間に、実に様々なことがありました。

 3月11日から1ヶ月が過ぎ、今なら当時を思い出して、回想出来ると思う。

 3月11日。僕は、池袋の西武百貨店内でアルバイト中だった。
 3階の百貨店の巨大な屋内駐車場の脇の小さな通路で作業していたら、ゆっくりと揺れ始めた。
 最初は、地震か、程度にしか思わなかったけれど、ゆっくりとした揺れは静かではあるけれど大きく動いていたように思う。それがしばらく止まず続いた。次の瞬間、揺れは激しくなった。
 ここの駐車場は、百貨店などの駐車場に典型的なコンクリートの柱や天井でできている。それが激しく上下にうごめきながらメキメキと音を立て、粉塵が舞い、天井はかけてパラパラと降ってくる。
 バキバキっと周囲の壁やコンクリートが音を立てる。
 27年間、地震大国日本で生きてきたが、そんな経験は吹っ飛び、恐怖を感じた。
 波打つ駐車場と破片が降ってくる駐車場を見たときは、正直、このままこの古い建物は崩れて瓦礫に埋もれて死ぬのだろうかとも思った。
 たまたま近くを通りかかった見知らぬ他の女性社員たちは、悲鳴を上げている。
 冷静にじっとしていることに専念するしかやることがなかった。

 この時思ったのは、ついに兼ねてから言われていて、たまにテレビで特集などを見たこともある、東京の大地震が来たのだ、ということ。
 しかし、揺れが収まり、休憩中に食堂のテレビで報道を見てきた社員とたまたますれ違ったので聞いたところによると、震源は宮城県沖だという。しかも、震度は7であると。
 その知らせは、僕を不安と心配のどん底に、一瞬にして突き落とした。
 遥かに遠い東京でこれだけ揺れたのに、震源のすぐ側の仙台では、一体どんなことになっているのだろうと。もう泣きそうだったよ、この時ばかりは。
 僕の実家は仙台である。

 悪いけれど、仕事どころじゃないので、電話をかけまくる。
 当然つながらない。

 そうこうしているうちに、先程と同じくらいの強さの余震。

 でも、幸い、父と電話が繋がり、家族の無事が確認出来た。
 あぁ、安堵とはこのことを言うのだろう。

 お店は間もなく営業を終了し、僕は歩いて家路についた。
 外に出ると、池袋の街中は、人で溢れている。
 中山道を通り、ひたすら北上する。
 多くの人が歩いて帰路についている。道路は車が連なり、歩くのとどっちが速いか分かったものではない。
 疲労と心配とショックで、ものすごい頭痛に襲われながらも、約2時間半かけて、埼玉の自宅へと辿り着いた。

 テレビをつけて見たのは、映画としか思えないような、悲惨な映像ばかり。もう皆さんもご存知の映像である。

 僕も、僕の家族も、親戚も、友人も、友人の家族も、無事だったことが確認できて、本当にその点は良かったと思う。
 今回のことで、思ったこととかは色々あるけれど、まずはここまで。
 無事です。

 そして、明日、仙台へ帰ってみようと思います。何ができるかわからないけれど。でも、今、故郷の地を踏むことが、非常に重要な気がしているのです。
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