今日は、映画『ハーブ&ドロシー』の先行上映を観てきた。
会場は上野の東京国立博物館。
これは、アート・ドキュメンタリーなんだけれど、ちょっと変わったお話である。
登場するのはハーブ・ヴォーゲルとドロシー・ヴォーゲル。基本的には、ニューヨークに住むごく普通の夫婦である。ハーブは元郵便局員、妻のドロシーは元図書館司書。
さて、この2人が、なぜドキュメンタリーの被写体となったのかというと、この夫婦が類い稀なアートコレクターだからだ。
2人とも、もともとはアーティスト志望で、絵を描いていた。自分たちの作品を部屋の壁に飾り生活していた。だが、ある時ふとしたきっかけで、他人の作品を買い、購入した作品を飾って暮らす方が楽しいことに気づく。以来、妻ドロシーの給料で生活し、夫ハーブの給料で、アート作品を買う、という生活が始まった。
どちらかというと、低所得層の夫婦らしい。しかし、コレクションへの情熱は半端じゃなく、日々ギャラリーやアーティストのスタジオを訪ね歩いては、作品を購入していた。
コレクションのルールは、ごく単純。
1. 自分たちのお給料で買える値段であること
2. 1LDKのアパートに収まるサイズであること
どんなに無名だろうが関係ない。ただ「欲しい作品か」ということだけで作品を買う。
そうしてコレクションしていった作家たちの中には、今や売れっ子作家もいるが、当時はまだ無名だった。本当に自分たちの審美眼だけでコレクションしていったのだ。
そして、ただの1度も売ったことがない。
利益を目的としたコレクションや売買は一切しない。
そんなコレクション人生も約30年らしい。
全米中の美術館がヴォーゲル夫妻のコレクションに注目し始め、日本で暮らす僕らは全然知らなかったが、かなりの数のメディアが取り上げ、アメリカでは名の知られた人たちだったようだ。
コレクション総数は、4700点以上。
それらが、ワシントンのナショナル・ギャラリーに寄贈された。
映画は、そんな夫婦のコレクション生活を描く。ギャラリーを巡る様子や、アトリエを訪問しアーティストと交わす親し気な姿。そして、狭いアパートでの、でも大量すぎるコレクションに囲まれた2人きりの生活。
美術館やギャラリーの関係者、そして何より、まだ無名で誰も見向きもしなかった時代から作品を買ってもらったアーティストたちへのインタヴューがふんだんに収録されている。
監督は日本人で、今回が映画デヴューとなる佐々木芽生さん。4年かけて完成した映画だ。
正直、観る前は「そんなに面白くないかもな〜」なんて思っていたんだけれど、…そんなことは杞憂だった!
本当に面白かったです。
2人の人柄が、良く現れた作品。
有名アーティストの個展のオープニング会場なんかで、みんなが着飾って社交している中、普段着でヨタヨタと入ってきて、会場の椅子に座る小さなふたり。
そこにね、会場のアーティストやらアート関係者やら、みんな吸い込まれるように挨拶に行くんだよ。
インタヴューでも、皆が本当にこの2人を慕っているのがよくわかって、なんか微笑ましかった。つい安く売っちゃうらしい(笑)。
で、会場中が笑っちゃうようなシーンも沢山あって、コメディー要素も豊富。ホントお茶目です。エピソードが笑いになっちゃう。
でも、僕自身、自分でも意外なことが、終盤くらいから起こった。
よくわからない、説明のしようのない涙が、込み上げてきたのだ。
きっと、作品を通して、何か重要なメッセージが見えてきたのかもしれない。特に、僕自身がアーティストだから。
兎に角、泣かないように堪えるのに、必至だった。
本当に感動してしまった。
簡単に言うと、ああいう人がいること、っていうのかな…。これはちょっとまだ言語化できない。
ネタバレになると、これから見る人がつまらないだろうから、なにがどう笑えたとか、そういうことは一切伏せておいて、こんなところにします。
兎に角、おすすめです。
こんなに良い作品は久しぶり。
上映後は、監督のトークもあって、僕自身も質問させて頂いた。
でも、出演しているのは日本では有名人でもなく、マイナーな内容だからだろうか、配給会社を見つけるのに、相当な苦労があったらしい。ようやく日本での公開が決まったと。
宣伝費もなく、広告とかは全く打てないそうなので、こうして先行上映の感想を書くことで、少しでも広める力になれればと思います。
さて、本公開は、11月13日の渋谷イメージフォーラムを皮切りに、続いて各地でも公開される。
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