著:吉井仁実 (光文社新書) 777円
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これも電車用に読んだ本。
これが執筆されたのは、リーマンショック以前。まだアートバブルがはじける前で、現代アートが高騰している頃。
著者の吉井仁実さんは、清澄白河のギャラリー
hiromi yoshii のオーナーである。元々、お父さんが銀座の吉井画廊の経営者で、幼い頃から文化人が家に来る環境にあったらしい。
仁実(ひろみ)という名前も、
武者小路実篤がつけたものでだし、
小林秀雄が家に来ては、まだ幼い吉井さんのベッドで寝てしまったり、などというハンパじゃない美術のバックグラウンドがあった。
吉井画廊で勤務するも、現代アートに惹かれていた吉井さんは独立し、最初は六本木の芋洗坂、そして現在は清澄白河でギャラリーを運営している。
今や、現代アートに関心のある人ならまず聞いたことがあるであろう、日本を代表するギャラリーの1つですね。
さて、アートがファッション雑誌でまで特集されたりしている昨今、ブームに乗っかって出版されたのかと思い、あまり期待せずに読んでみたのだけれど、この本は個人的に面白かった。
真摯な内容。
911がアートに与えた影響、色んな作家の作品の解説も少々、現代のコンテンポラリー・アートの特徴、などが初めに語られる。
その後、ギャラリーを立ち上げるまでの経緯、開廊間もない頃の話とか、あるいは、現在のアートフェアなどアートマーケットの状況とか、自身のスケジュールを公開してギャラリストが一体どんな仕事をしているのか、など、この辺かなり面白く読めた。
世界は広いんだ、と読みながらぷるぷるしてました(笑)。
で、全体を通して流れているのは、敷居が高いと思われがちで、なかなか入りづらいと感じられてしまうギャラリーという場所が、いかに身近にあって、気軽に訪れて良い場所なのか、ということ。日本人のライフスタイルとアートの鑑賞や購入を、もっと親密なものにしようという思いである。
よくわからないと思われがちな現代アートの楽しみ方、接し方、ギャラリーを訪れてどうすれば良いのか、など、これを読むと、少しは壁が取り除かれることと思います。僕としても、そうして少しでも多くの人が気軽にギャラリーに足を運んで欲しいです。
独立間もない頃、とあるおじいちゃんと孫がギャラリーを訪れて、両親が共働きだから面倒を見ているのだけれど、おもちゃ屋とかに行っても買い与えてばかりだし、映画に行ってもお互い観たい映画は違う、しかしここには共通に興味を感じるものがあり、楽しみながら孫と会話をすることが出来た、と感謝された話。
恋人の誕生日に絵をプレゼントしたい、と言って相談してきた人の話。
ボーイフレンドが初めて部屋に来るのだけれど、知的に見せたいから何か部屋に飾る絵を紹介して欲しい、と言ってきたOLさんの話。
勿論、こんなのは数少ない例なのだろうけれど、でも少しずつでもこういう状況が生まれていることを知れて、ちょっと嬉しかった。
最近は、この手の本で、ビジネスビジネスしていたり、やたら作品の破格の価格っぷりや、世界の富豪達の話がほとんどのものが多い中、この本はそういうところにばかりフォーカスせずに、普通に嫌悪感無く、ギャラリーという場所やコンテンポラリー・アート(=現代アート)に興味を持てる内容なのではないかなと思う。