アーティスト 加藤雄太 のブログ
展覧会のレヴュー、本の感想、その他制作の日々の模様など。
ホームページは yutakato.com 作品掲載してます。

<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

<< 一段落です | main | ラーメン探訪 その2 >>
『制作』
制作(上)
著:エミール・ゾラ 訳:清水正和 (岩波文庫) 735円 ※現在絶版



制作(下)
著:エミール・ゾラ 訳:清水正和 (岩波文庫) 735円 ※残部希少
-------------------------------------


下巻も読みました。

この記事は、印象派の話を読んでもらった後だと、より分かりやすいかも。

エミール・ゾラ(Emile zola)[1840-1902]は、19世紀フランスを代表する小説家。ゾラ、バルザックユゴーらは、とにかく書いて書いて書きまくった人たち。
ゾラは、フランス自然主義文学の代表です。つまち、自分たちの身の周りの現実を描こうとしたわけです。美術でいうところのレアリスム。徹底的に自然を観察します。
そして大事なのは、ここでいう「自然」とは、自分以外の全てを指すということ。感覚を通して入ってくる全てのことを示します。自然だからといって、木とか山とかのみを言っているのではないです。

上巻でも書いたけど、『制作』は『ルーゴン=マッカール叢書』全20作の第14作目。ゾラは、自分達の生きているフランスの現実を、色んな立場の人たちにスポットを当てて書こうとして、出来上がったのがこの叢書。ルーゴン家、マッカール家の人物を登場させてということで書いてはいるが、それぞれの作品はほとんど独立していて、登場人物なども含め、ほとんどつながりはない。問題は、全20作が邦訳されているわけではないということ…。残念。

この『制作』(または、『作品』と訳されます)は、1人の画家を主人公に、その画家が当時フランスにはびこっていたアカデミズムに対し、独自の絵画世界を築き上げ、世の中に発表して成功しようとするけど、なかなか世間に認められず、苦しい日々を送ります。その中での仲間たちとの交流や、制作の苦闘が書かれているわけです。

感想は、とても良かった。ゾラすごいと思ったよ。本当にね、読んで、って感じ。

モダニストとも言うべきそういった一部の若い画家たちの、一世風靡を狙う気迫や新しい時代を築き上げようとして、またそれができると信じて、辛酸なめながらも、己の才能を信じて作品を作り続ける姿とか、見事に描かれています。
そして、この小説を通じて、当時の芸術界の息吹、そして、作品(美術も文学も)想像の苦しみ、そういったものを、本当にリアルに感じられるのです。

なぜか?

もちろん、ゾラが文章上手いってのもあるんだけれど、この『制作』は、実際に芸術界に生きていたゾラがみて来た光景であり、そして主要登場人物には、モデルがいるからです。

主人公のクロードは、セザンヌ。親友のサンドーズという小説家はゾラ本人。デュビューシュという建築家志望の青年は、バスティアン・バイユという数学者。
クロード、ゾラ、デュビューシュは幼なじみという設定だけれど、実際に、セザンヌ、ゾラ、バイユの3人は中学時代からの友人。
ことに、セザンヌとゾラの友情は熱く、ともに成功しパリを征服するのだ、と意気込んでいた。
そんなわけで、このクロードやサンドーズを通して描かれている世界は、限りなくゾラの経験や想いがこもっていると僕は思っている。

実際、作品中でも何度となく芸術論が展開され、各々が苦しい胸の内を明かしたり、当時の美術界についての記述とかあるけど、どれも読むに値する文章だと思う。ゾラなど気鋭の連中が、どう考えていたかなどよくわかる。サンドーズの独白なんかは、身に迫ってくるものがある。

そんな中での人間模様とか、芸術界だとか、よく書かれていると思います。

これ読んで、芸術家の表側だけみてても分からない、生みの苦しみ、みたいなものを是非感じて欲しい。

すっごい色々言いたいことや言うべきことがあるような気がするんだけれど、できるだけ簡単に短く、説明と時代背景。
前の印象派の記事でも書いた通り、当時はル・サロンという官展が絶対的な権力を持っていて、これに入選するかしないかは、非常に大きな問題だった。
この本に出てくるクロードも入選を夢見て出品するんだけど、あまりに新しすぎるその画風(つまり印象派的ということだね)は、サロンから拒絶され、笑い者にされます。
でも、やっぱり審査とかにものすごいクレームがはいるわけです。1863年、例年になく厳しい審査に、ものすごい画家たちの不満がつのって、で、官展(つまり国が主催)にも関わらず、「落選展」ってのが開かれることになります。ル・サロンに落選した作品を一同に集めた展覧会ですね。なぜ開いたか分かるでしょうか?つまり、「ほら、こういった作品が落選したんだよ、最もでしょ?」という風に、人々を納得させようとしたわけです。大事なポイントは、もう、そうやって人々を納得させなきゃいけないくらいに、サロンの権威が失墜していた、ということです。この、1863年落選展には、マネの《草上の昼食》が出品され、大変なスキャンダルになりました。これが、作中のクロードの《外光》だと思います。

クロードもサロンに落ちまくりますが、実際のセザンヌもサロンに落ちまくります。今でこそ巨匠セザンヌですが、生涯でサロンに入選したのは1回だけです。それも、コネをつかった裏口入選でした。
人生初の個展は56歳の時です。
パリに出て来た時、エコール・デ・ボザールといういわゆる美術学校を受験しますが、不合格でした。
第1回絵画展(印象派展)に出品した時(あとは第3回に出したのみで、他の回は参加していない)に初めてセザンヌに対して展評が書かれました。
マネもモネも何度かサロンから拒否されたりしています。
新しい才能と、古い権威の中で、様々な戦いがあったということです。そんなのも、読んでいると感じられると思います。いかに、いたらしいものを打ち出すのが難しいか。

ゾラは、マネの才能を早いうちから見抜き、かなり応援した1人です。評論とかも書いてます。マネはマネで、ゾラの肖像を描いてます。この肖像画、…ま、いいや。
昔はこういった、小説家で美術評論を書く人が結構いました。

ところで、ゾラはこの『制作』の出版がきっかけで、セザンヌと絶交することになります。全く認められない不遇の果てに自殺する主人公が自分にあまりに似ていることに激怒したからです。
セザンヌが『制作』を受け取った時にゾラに送った、交流最後の手紙。
『親愛なるエミール、
 ご親切にもお送りいただいた『作品』を今受け取った。『ルーゴン・マッカール』の著者にこの温かい配慮を感謝する。過ぎ去った日々の思い出に寄せて、ぼくの握手を受けてくれたまえ。
 かつての親しき友、ポール・セザンヌ』

なんだか、マネもセザンヌもゾラも落選展も、色々と面白いことはあるんだけど、これは『制作』についてだし、どんどん長くなるんで、このぐらいで止めます。機会があったら、色々書いてみますので。





スポンサーサイト
COMMENT









Trackback URL
http://yutakato.jugem.jp/trackback/356
TRACKBACK