アーティスト 加藤雄太 のブログ
展覧会のレヴュー、本の感想、その他制作の日々の模様など。
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写真について [第1回]
アウグスト・ザンダーのエントリー書いたんで、せっかくなので、ちょっと写真について。
ポートレイト編1。

ザンダーで、ポートレイトに触れたけれど、今の世の中ポートレイトに溢れてますね。
駅の売店でも何でもいいから、見てみると分かる。そこに並んでいる雑誌のほとんど全ては、表紙がポートレイトではないですか?1番大事な表紙がほとんど!これは雑誌に限らず、色んな場面で遭遇する事実だと思う。

なぜ人は、ここまで人物、とくに顔(つまりポートレイト)に惹かれるのか?

19世紀以前は一般の人々が肖像を残すってことはまずありませんでした。1839年頃写真が発明されるわけですが(なんて浅い歴史っ!!)、それまでは肖像を残すには絵画しかなかったわけです。
てことは、当然お金がかかります。よって、上流階級のリッチな方々しか残せないのが自分の肖像だったわけです。

が!!それが、写真の発明によって変わるわけです。
肖像を残すのに一般の人々でも払える金額で、肖像写真を撮れることになったのです!!各地には写真館ができました。前に印象派について書いたとき、「第1回印象派展」の開催場所はナダールの写真館だったと言いましたね。そんな風に写真館ができたわけです。ちなみに、このナダールさんは当時のパリの有名人のほとんどを写真に撮っています。

この話からも見えてくるように、そもそも写真が四角い理由は、絵画の肖像画の歴史です。レンズが丸いんだから、カメラが取り込んでいる光も丸いのは当たり前。それをわざわざ四角に切り取っているのは、そういう理由からです。いかにそれまでは絵画がすべてだったか、というのが分かる気がします。

それはそれとして、当時のカメラってのは、当然今よりも性能が悪いわけで、暗いから極めてシャッタースピードが遅い。そのため、多くの時間と光が閉じ込められているのです。よって、こういったポートレイトに惹きつけられるわけです。

1920年代、写真によるポートレイトが1つの頂点を迎えます。それまでの絵画の肖像画に匹敵する、密度と強度を写真が手に入れたからです。

なぜ、その頂点はヨーロッパであらわれたか?

それは、第一次世界大戦によるショックの大きさにあります。
近代化が進み、それまでヨーロッパの人間が築き上げてきた価値観が崩壊するのです。
こんなに簡単に人は人を殺せるのか!
戦争という理由があると、こんなに大量の死が許されるのか!
人間に対する不信が起こるわけです。
19世紀に人間へ向けられていた眼差しとは、全く違ったものになるのです。
人々が、人間の中の怪物に気づいた瞬間。

そして、人間の顔は必ずしも良心をあらわしていない、ということに気づきます。
取り返しのつかない死を経験して、こういった気持ちが起こったり気づいたりするのです。

実際、1番いいポートレイトが撮られている時期は、第一次大戦と第二次大戦の間(1920から30年代)で、ポートレイト・写真の黄金時代です。

静かな顔、聡明な顔をした人間が極めて残酷なことをする。
どうして人間はこんなことをするのか?顔をとことん見つめて答えを出したかった。どうして大量に人間を殺すのか?

そんなのが、ポートレイトの背景にはあって、結果、そのような20世紀を生きた我々は、ほぼ本能的に自然とポートレイトに惹きつけられるわけなのですね。

こういったことを知っておくと、写真の見方も変わってくるのでは?
まだまだ、写真については言いたいことがありますが、とりあえずこのへんで。また、なんか映画とか機会があったらからめて書きます。




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