『『
幸福論』
著:ヘルマン・ヘッセ 訳:高橋健二 (新潮文庫) 540円
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ヘッセについて、及び以前のヘッセ記事は…
・『
郷愁(ペーター・カーメンチント)』
・『
クヌルプ』
・『
荒野のおおかみ』
・『
シッダールタ』
・『
メルヒェン』
・『
青春は美わし』
・『
ヘルマン・ヘッセ展』
を見てみてください。
ヘッセの短篇集。全14編からなっています。
ただ、小説、というのではなくエッセイといった感じ。
というのも、ヘッセはノーベル賞受賞作の長編小説『
ガラス玉演戯』(1943)に全精力を投入し、以降、小説は書かなくなり、晩年の仕事は随想や詩、手紙、などに限られます。そして、この『幸福論』に収録されている作品はすべて『ガラス玉演戯』以降の作品。
老詩人晩年の静かな生活の中で、過去を綴ったり、日常のことを綴った、極めて私的なものに題材をとったとも言える随想の集まり。そのなかでは、過去の自身の作品について言及していたり、ヘッセの考え方が述べられ、ヘッセ文学を読み解くヒントもあったりする。
そういった意味でも、他の作品と比べると、極めて異色な1冊かもしれない。
また、最後の一編は『日本の私の読者に』というものである。
これは、新潮社版のヘッセ全集を計画していることを、この本の訳者でもある
高橋健二氏がヘッセに伝えると、ヘッセが序文を書いてくれたもの。1956年5月の執筆。
今読んでも、西洋東洋の親交の問題、認識、相互の影響について書かれた文章は決して古くない。
「全集が出版されて嬉しいです」なんて月並みでつまらないどうしようもない序文じゃないあたりが、カッコいいと思う。
世界を見つめ、人間を見つめてきて、世界大戦では国家レベルで厳しい状況にも立たされたヘッセが、晩年にゆっくりと語った言葉。
あまりに個人的な独白過ぎて、疲れちゃうところも多いけれど、ヘッセをある程度読んだなら、読んでみていいと思う1冊。
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また、自分の本は、すべての文学作品のように、単に内容から成り立っているのではないこと、むしろ内容は相対的に重要ではないこと、著者の意図のようなものと同様に重要でないこと、私たち芸術家にとっては、著者の意図や意見や思想にちなんで、ことばの材料、ことばの糸から織られた作品ができあがったかどうか、それが問題なので、その作品の測りがたい価値は内容の測りうる価値よりはるかにまさっている・・・・・
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