アーティスト 加藤雄太 のブログ
展覧会のレヴュー、本の感想、その他制作の日々の模様など。
ホームページは yutakato.com 作品掲載してます。

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◆9月の掲示板的な◆
9月

夜なんかは、すっかり涼しくなってきた感じ。

個展へ向けて、大きめの絵もぽつぽつ完成したり、描き始めたりです。

絶妙なインターバルで更新する当ブログ(笑)。
ゆるゆるまったりとした時間を過ごしながら、どうぞくつろいでいってください。



[画像]
《記憶の予感》
2006/08/11
岩絵具、アクリル絵具、和紙
50.0×65.2cm
《A View Through Memories》
Powdered mineral pigments and acrylic on hemp paper
by UT
※画像の無断転載・転用は禁止です





『ベルギー王立美術館展』
ベルギーでは、『ベルギー近代の美』を以前にレポしましたが、今回は、ベルギー王国最大の美術館である「ベルギー王立美術館」の展覧会。

ベルギー、特に象徴主義が好きだし、専門の授業も受け、専門の先生に作品を見てもらっている僕としては、結構気になっていた。

まぁ、でも作品の質とか展覧会としてどうなのかな、とかなり訝しがりながら行ったわけですが、これまたボリュームあって見応えがあった。

そして、これまた、そこそこ人が入っていてちょっと意外だった。

個人的に、フェルナン・クノップフ(Fernand Khnopff)は僕の大好きな画家だし、ウィリアム・ドゥグーヴ・ド・ヌンク(William Degouve de Nuncques)も好きで、これらの作家の作品が観れたのは嬉しかった。
他にも、ジェームズ・アンソール(James Ensor)ジャン・デルヴィル(Jean Delville)グザヴィエ・メルリ(Xavier Mellery)ポール・デルヴォー(Paul Delvaux)、そして、ルネ・マグリット(Renè Magritte)などの作品も観ることができる。
もっと昔の画家では、ブリューゲルルーベンスドラクロワヴァン・ダイクなど、全体として見応えがある。

特に、肖像画ではヴァン・ダイクのがすごい。一歩突き抜けた肖像画だ。
そして、アンソールの自画像に、画家としての確固たる決意や意思を感じる。ものすごく良い自画像だと思った。

そして、クノップフ。《シューマンを聴きながら》や《ジェルメーヌ・ヴィーナーの肖像》など有名な作品が出ている。あの柔らかさと、漂うメランコリー。あぁ…。
クノップフと言えば写真を作品に取り入れた画家であるが、この写真を使った作品も良かった。あの色遣いはすごいとしか言いようがない。

ド・ヌンクの本領は夜の絵である。夜の画家として素晴らしいのだ。そして、その夜の様子を描いた《孔雀》が出ていた。この作家はパステルで描く。パステルでこの色遣い…、また打ちのめされました。

とにかく、16世紀後半のフランドル絵画から、20世紀前半のベルギー絵画まで、その400年の歴史をまとめて観てみることができる機会となっている。
そして、改めてフランドル、ベルギーの芸術の歴史の深さや層の厚さ、画家の顔ぶれを知ることができる。ヨーロッパ美術というと一般的にイタリアやフランスなどにどうしてもなりがちであるが、今回のこの地方も見逃せないことは展覧会を観れば分かるだろう。

展示はだんだんと歴史を辿っていく、つまり昔から近代へと進むわけだが、アカデミズムの歴史画や肖像画などから、だんだんと、それこそクノップフ以降の展示とかは、精神性を描いた絵画へと移行していっている気がした。こうした人間の内面を見つめた作品も、興味を持つと面白い。

なかなか見応えあります。ダリ展とあわせて見てみては?同じ上野公園だし。
これも観て損無しだと思います。


--栗坊さんの記事にTB--
(2006/10/28)



[メモ]
ベルギー王立美術館展
国立西洋美術館 (上野)
12月10日まで

巡回:→長崎県美術館→国立国際美術館





『ダリ回顧展』
さあ、始まりました。ダリの展覧会
23日に始まったばかり。
平日の昼前に着いたのだけれど、……混んでいた。すでに。藤田嗣治超えてるかも。

まず最初に告ぐ!
なるだけ早いうちに、しかもできれば平日に、さらに言うと早い時間に行きたまえっ!


さて、サルバドール・ダリ(Salvador Dali)[1904-1989]は、言わずと知れたスペインの画家。20世紀を代表する画家の1人であるとともに、シュルレアリスムを代表する画家として多くの人が真っ先にダリを思い浮かべるのではないだろうか。

シュルレアリスムについては、以前「UTによるシュルレアリスム講座」を書いています。展覧会へ行く前に、目を通すといいかもしれません。

ダリは絵画だけでなく、ダリのイメージを表現する手段として映画に非常に興味を示し、映画監督ルイス・ブニュエルと共同で映画作品を作っている。
それが、『アンダルシアの犬』(amazon)である。
今回の展覧会の解説で知ったのだが、ダリの名前が初めて日本のメディアに出たのは、この『アンダルシアの犬』の記事だったらしい。1930年のこと。
この映画は、いきなりしょっぱな冒頭で、女性の眼球をカミソリで裂くところのアップから始まるというショッキングな幕開け。僕はDVDをもっているので、是非ともキャプチャーして画像を載せたかったけれど、現在我が半地下は、DVDを置いてある棚がパネルで完全にふさがっていて、取り出すことができない。なんとも悔しいが割愛させていただきます。

ちなみに、ダリはマドリードの「学生館」で暮らす時期があった。「学生館」とは、カトリック思想に基づいた保守的な教育方針を批判し、教会の手によらない自由な学問によって社会を変革する力を育成することを目的とした学生寮。ここで、以前『血の婚礼』を紹介した詩人・戯曲家ガルシア・ロルカなどと知り合った。

さて、シュルレアリスムについては以前書いていることだし、ダリの人生やダリの「唯一の女性、ミューズ、コーディネーター」である妻ガラとのことについて書いたりすると、途方もない長いエントリーになりそうなので、そろそろ展覧会の感想にいこうかと。


ダリと言うネーミング・バリュー的なもので話題を呼ぼう、みたいな物かと思ったら、ダリの10代の頃の作品から晩年の作品まで、ダリのアートワークを一望できるいい展覧会だった。
初期の自画像、シュルレアリスムの表現、原子核神秘主義、偏執狂的批判的方法、ダブル・イメージ、など非常に幅広くダリの作品を見ることができる。
油彩はもちろん、素描、若い頃の落書きのような物、途中には『アンダルシアの犬』を上映しているスペースもある。

観ていて思ったのは、思っている以上にダリは世の中の出来事に興味を持ち、そして作品にそれらを反映させていたということ。
原子は常に動いていることやアインシュタインの相対性理論等の影響で、モチーフの生物が素早く動いているかのような絵や、時計が溶けてみたり(カマンベール・チーズというのももちろん理解してますよ)、世の中の出来事、科学の発見に興味があったのが、敏感だったのがわかる。

色んなイメージが1枚の絵の中にあったり、とてもエロティックであったり、鑑賞者はその絵画に想像を巡らせ、世界観を味わう。

いずれにしても、いっけん良くわからない、そして意味が無いようなダリの絵画。しかし、本人も言っているように、そこにこそ一貫した意味や真実がある、ということを執拗に追求している。

展示の最後の部屋に、「立体鏡作品」というのが2作ほど展示されている。
《六つの本当の鏡のなかに仮に映し出される六つの仮想の角膜によって永遠化される、背後からガラを描く背後から見たダリ》
《太陽の後ろはるか遠くに全裸で出現するガラを見るために雲の形をした金羊毛を開けるダリの手》
である。
これは、ほとんど同じだが微妙に異なる2枚の絵で1つの作品となっていて、それらが左右に並んで展示されているのだが、右目で左の絵、左目で右の絵を観ることによって(所謂、現代のマジックアイとかそういう感覚)、立体的に作品が見えるというもの。会場でチャレンジしたが人が邪魔だし、作品の間隔が広いので、すっげー無理だった(苦笑)。
が、筆者UTさん、このエントリー書きながら、たった今図録を見て再チャレンジしました……できたぁっ!!おぉぉ、立体的っ♪
皆さん図録を買いましょう(笑)。

かなり、ボリュームある展覧会だと思います。
さすがに《記憶の固執(柔らかい時計)》(最初の)とか《内乱の予感(茹でたインゲン豆のある柔らかい構造)》とかは来てないですが、それでも見応えはあると思います。

見て損ない展覧会。



ちなみに…
『サルバドール・ダリ 世界が愛した芸術家ダリの超現実的な人生』(以前のダリのDVDの記事)



--まかロールさんの記事にTB--
--preludioさんの記事にTB--
(2006/10/31)



[メモ]
生誕100年記念 ダリ回顧展
上野の森美術館 (上野)
1月4日まで




『日曜美術館30年展』
日曜日にテレビでやっているNHKの「日曜美術館(現在の「新日曜美術館」)が、今年で放送30年目を迎えるということで、今まで番組に登場した作品から集め構成された展覧会。

変わった展覧会でした。
というのも、テレビ番組をもとにした展覧会ならではの演出。
展示されている作品は、その作品や作家が紹介された回の放送中の、出演者の印象的な言葉などが同時にパネルに書かれ横に展示してある。
出演者にとってその作品がどういった物か、どういう風に素晴らしいと思うのか、また直接の知り合いならば作家はどういう人だったのか、を語った言葉が作品とともに紹介されているわけである。
もちろん、その文章にされているものはその人個人の捉え方であって、それが正しいというわけではないが、作品がどう人に影響を与え得るか、ということの考察にはなるだろう。また、鑑賞者の意見や見方とそれが違うならば、そういう人もいるんだぁ、と思えるわけで。

架空の「日曜美術館」という美術館の収蔵品を観ている感じ。
テレビ番組なので、そこに一貫した美術史や何かしらのテーマでまとめて、ということはなく、したがって古今東西の著名な作家の作品を観ることができるわけである。
一作家につき1点から3点くらいなので、次々に脈絡なく作品は目に飛び込んでくるわけで、色んなタイプの作品に触れたいということならいい機会かもしれない。
有名な作家が多数取り上げられているので、お気に入りの作品を見つけたりできるかも。

途中何カ所か、昔の放送を短く観ることができるコーナーもあり、興味がある人が出ていたら、観てみると面白いかも。



--栗坊さんの記事にTB--


[メモ]
NHK名品と映像でたどる、とっておきの美術案内 日曜美術館30年展
東京藝術大学大学美術館 (上野)
10月15日まで





『国宝 風神雷神図屏風』展
現在、琳派を代表する三人、俵屋宗達尾形光琳酒井抱一の描いた《風神雷神図屏風》が、同時に公開されている。
この三作が同時公開されるのは、実に66年ぶりらしい。

ロビーにムンク(《叫び》の記事へ)の絵が数点あった。だれも気にしていないので観放題♪(笑)
それはいいとして。

さて、一応日本画専攻らしいUTさんなので、この機会に行ってきたわけです。
やっぱり迫力がある。

《風神雷神図屏風》は、まず宗達が描いた。宗達は江戸初期の画家。
その時代に、このデフォルメのセンスと、風神雷神のみを描くという発想、中央の大胆な空間、日本美術のもつ独特の美意識のあらわれではないだろうか。
その後、宗達の風神雷神を光琳が偶然見つけて衝撃を受け、模写するわけです。光琳は江戸中期の画家。なので、これは一世紀くらいの間があるようです。
そしてさらに、江戸後期の画家である抱一が、光琳の風神雷神を発見し、再現に挑んだ。この時、抱一は宗達の風神雷神なんて存在すら知らないわけで、光琳の描いた物をオリジナルだと思った。

琳派は、興った場所もバラバラだし、この三人は時代も違うし、それぞれが師弟関係だとかそういったことは一切なかったのです。



では、まず三人のを見比べてみましょう。

 →




どうででしょう?




観た感想は、これは岡村桂三郎さんも言っているけど、宗達のが1番良かった。
光琳は模写に夢中になりすぎたのか、構図をしくじっている気が…。
風神雷神をゆったりと入れすぎて、緊張感がなくなってしまっているような感じ。実際に近づいてみると、線も光琳より宗達の方が力があっていいです。
抱一は構図よかったなぁ。風神雷神が1番上下に動いていて良かった。ただ、線の迫力がないのと、表情がちょっと2人と違うことで、小さい印象は受けました。

って、どれも名品なんですが…(汗)。
だって頭から決めつけてかかったらダメだもんね。


展示はこの三作とプラスαなので、すぐ観終わっちゃうけれど、その分じっくり観るのがいいと思います。
これから先、次に三作が同時に一カ所で公開されるのはいつになるか分からないだろうから、この機会に観ておくのもいいのでは。



[メモ]
国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造
出光美術館 (千代田区、でも銀座からすぐ)
10月1日まで





ということで…
昨日観た展覧会のエントリーをあげました。
・『ウィーン美術アカデミー名品展』と
・『ラウル・デュフィ展』と
・『ピカソとモディリアーニの時代』です。


夏はあんまり行かなかったけれど、これからしばらくは結構行く予定です。9つくらい、かな。
記事にするのは7つかと思いますが。


制作も、やる気もりもり、な感じです。
これから先は、すごいいい作品が生まれ続ける気がします。
というか、個展にいい作品並べたいので…、頑張れ僕。




『ピカソとモディリアーニの時代』展
パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)[1881-1973]は、スペイン出身の画家。パリを拠点に活躍。まぁ、あの人です。
アメデオ・モディリアニ(Amedeo Modigliani)[1884-1920]は、イタリア出身の画家。主にパリで活躍。

展覧会は、ピカソやブラックのキュビスムから始まり、フェルナン・レジェ、そしてモディリアニ、ジョルジュ・ルオー(前のルオー展の記事へ)、ジョアン・ミロ、パウル・クレー(前のクレー展の記事へ)、素朴派の画家、最後にベルナール・ビュッフェ(前のビュッフェ展の記事へ)、とフランスのこの時代の絵画を見る展覧会になっている。

正直、期待せずに行ったのだけれど、これが結構良かったのです。

最初の部屋は、絵と絵の間に、ピカソやセザンヌ、ブラックや、その他評論家の言葉などが展示してあって、作品理解の手助けとなっている。いい演出だと思った。

ただし、出ている作品はどれも「わかりやすい」作品ではないので(とりわけ『ウィーン美術アカデミー』のアカデミックさと比べればなおさら)、鑑賞者には感じる心が要求される。

ピカソやブラックのキュビスムに、息詰ったアカデミズムへ対して表現の爆発というか、これはブラックも言っているが、「よりその物へ近づくため」のデフォルメ再構築、グッとくるものがある。
ただ、僕はレジェのキュビスムって好きじゃないんだよ…。まぁ、それはいいとして。

モディリアニの肖像画、漂うメランコリックな雰囲気と、シンプルな画面の不思議なまでの存在感に酔う。

やっぱりね、僕は思うのです。
こういう言い方すると、そんな抽象的な、それっぽいこと言っちゃって…と思われるかもしれないけれど、
何かしらの「本質や真実」を表現しようとしたとき、表現は外見の写実から離れざるを得ない、と言うのが自論。そしてこのことに自信を持っています。

その他の作品もだいたいが良かった。色んなタイプの表現方法や絵画に触れることができるいい機会だと思う。
結構楽しめた展覧会でした。

空いていて、なんかゆったりとした雰囲気なので、各部屋の真ん中に幾つも置かれているソファーに座って、くたくたと壁を眺めているのもいいと思います。


ん、ということで、前に「印象派」と「シュルレアリスム」について説明するエントリーを設けましたが、今回キュビスムに触れたので、近々「キュビスム」のエントリーを書いてみようと思います。お待ち下さい。



[メモ]
リール近代美術館所蔵 ピカソとモディリアーニの時代
Bunkamura ザ・ミュージアム (渋谷区)
10月22日まで

巡回:北九州市立美術館→大丸ミュージアム・梅田





『ラウル・デュフィ展』
ラウル・デュフィ(Raoul Dufy)[1877-1953]は、フランスの画家。ただ、画家としてだけでなく、文学作品の挿絵や、また服飾デザイナーのポール・ボワレと出会い、布地にデザインもしたりする。1912年からは16年間リヨンの大手シルク製造業ビアンシニ=フェリエ社と契約し、本格的にデザイナーになったりした。
詩人ギヨーム・アポリネールの『動物詩集』の挿絵を描き、アポリネールとは非常に親しかった。アポリネールが方々へデュフィを紹介したりしている。
また、ステファヌ・マラルメの『マドリガル集』の挿絵も描いたり、あとは、ジャン・コクトーと堅い友情で結ばれており、コクトーによって演劇界にも仕事の手を伸ばした。

…と、多才な人だったよう。



さて、今回の展覧会。
来てる作品の全体の質の高さや内容、という意味では、素晴らしいとは言えない。
が、個人的にラウル・デュフィという人に、大きな刺激というかヒントをもらえた。

たしかに、絵画の点数が少なかったりするが、それでも刺激的なものがある。

1926年に、赤い服を来た少女が走るのを見て、デュフィは
「フォルムよりも色彩の方が、長く網膜にとどまる」
ということを確信したらしい。
そのため、彼の描く絵は、いたっておおざっぱな輪郭線で、色彩はその輪郭線に影響されることなく、自由に塗られている。

大いに幼稚な絵、と思われるかもしれないが、僕は多いに理解できた気がする。

そのおおざっぱ過ぎる塗り、おおざっぱ過ぎるフォルムの線…
デュフィが対象を見た後、画面に向かう時、そのモチーフが向かってくるのである。
…向かってくる色彩に、必死で追いつく感じ。
印象に残った強いものを、核となるイメージを、画面に定着させる感覚。

明るい色彩からは、その配置のリズムからは、喜びを、歌い上げているようなものを、感じることができた。

絵画以外の、デザインの仕事の方の展示も、何十年も前の仕事ということも考えてみて、やはり斬新であるだろうし、ユーモアに富み、才能があったと思った。

とにかく僕は、あまり数はないけれど絵画の方に大いに興味がありました。



--momo♪さんの記事にTB--
(2006/09/27)



[メモ]
ラウル・デュフィ展 --美、生きる喜び--
大丸ミュージアム・東京 (千代田区/東京駅隣接)
9月26日まで





『ウィーン美術アカデミー名品展』
ウィーン美術アカデミー(ウィーン美術大学)は、1726年に創設。ランベルク伯爵が1822年に亡くなった時、コレクションを遺贈。また、氏の意思により、美術アカデミー絵画館が一般に公開されるようになった。
ウィーン最古の公共美術館で、ウィーン美術史美術館に次ぐ規模を誇る。

こんな風に、ヨーロッパは大学の美術館がすごい充実してたりしますね。イタリアとか。

レンブラントやルーベンスの作品も来ています。

全体としては、ふーん、といった感じ、かな(苦笑)。
まぁ、最初のパネルに書いてあったとおり、一般ウケするというか知名度があるというか、そういうのよりも、ウィーン美術アカデミーの歴史、ヨーロッパの歴史、を理解してもらえるように、あえてそういった作品を選定した、とのこと。

そのこともあってか、解説を読みながら絵を見ていくと、なぜこの絵が描かれたか、なぜ依頼者はこの絵を画家に頼んだのか、が見えたり、また単純にヨーロッパ美術の流れに触れる機会でもあるようになっている。

宮廷画家というのがいてどういう絵を依頼されていたのか、富裕層はどんな絵を求めたのか、戦争がどう画題に影響したのか、そういうの考えながら見るのは楽しい。

まぁ、ヨーロッパに触れる機会ということで。とりわけ、アカデミズムに触れる機会ということで。
この後、色んな絵画が現れて、どんどん新たな表現が出てくるわけですが、その前にどういった基盤というかアカデミックな世界があったか、ということ。
特に燃え上がる展覧会なわけではないけど、そういった意味で観てみるのも。



[メモ]
--ヨーロッパ絵画の400年-- ウィーン美術アカデミー名品展
損保ジャパン東郷青児美術館 (新宿区)
11月12日まで





また1枚
んー!

やっと大っきい絵、完成。



いつものシリーズのやつだけど、あのシンプルな絵が大っきい画面でももった、というのが嬉しい。

個展でお目見えしますよ。
お楽しみに……してられたら、しててください(笑)。


HYPERに生活が不規則だったので、ちょっと休憩、かな。



それはそれとして、今日はやたらに寒い気が。
UTさん鬼寒がりなんですよ。
未だにタオルケット1枚で寝てるのは自爆な気がした…。