アーティスト 加藤雄太 のブログ
展覧会のレヴュー、本の感想、その他制作の日々の模様など。
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『有元利夫展 天空の音楽』
展覧会『有元利夫展』

 マン・レイ展を書く前に、前後しちゃうけれど、こっちを書いてしまおう。
 東京都庭園美術館で開催中の有元利夫の展覧会。
 このブログで、なんども有元利夫展は紹介してきたので、僕が有元好きなのはご存知でしょう。

 有元利夫[1946-1985]は、画家。
 38歳という短命故、夭折の天才、と言われている。
 東京芸大のデザイン科に4浪して入学。が、ジョットピエロ・デラ・フランチェスカなどのフレスコ画に衝撃を受け、その質感を求めた時、日本画の素材がピッタリ自分のイメージにあったので、日本画の研究室にも足を運んで学んだ。だから、彼の作品には、岩絵具が使われている。
 在学中に、後に結婚する日本画家・陶芸家の渡辺容子氏と出会う。
 彼は「容子は、僕が死んでから描けばいい」と言っていたのは有名な話。
 「背中に羽が生えてきた」と言った翌日に死去した。

 久々に、大規模な個展が開催されるということで、会場も庭園美術館で素敵だし、楽しみにしていた。
 楽しみとは言っても、既に没している作家故、新作が見られるとかそういうことはないが、再会しに行く気持ち。

 こないだの小川美術館の展覧会では、この展覧会の巡回が既に始まっていたので、タブローがほとんどなかったが、今回はばっちり沢山出品されていた。

 もちろん作品は良くて、じっくり鑑賞。
 静かな画面。でも、止まっているのではなくて、ゆっくりとした動きがありそうな、そんな雰囲気に溢れている作品。
 ぼーっと、向き合っていたくなる。そういった深さがある。

 でも、今回思ったのは、僕自身の感覚が以前とは変化してきている、ということ。これは意外であり、新鮮な驚きだった。見え方が違うのだ。
 今までは、どちらかというと、会場にヒントをもらいに行く感じが強かったが、もうそういう時期は過ぎ去ったようだ。
 作品に静かに沈んでいって、その世界を味わう。
 それと同時に、自分の目指す表現が、独自のものになってきているという気づき。
 確実に、僕は新しくなってきている。


 庭園美術館なので、庭園も。
東京都庭園美術館
 この構図。椅子の配置が、ちょっと素敵でしょ。



[メモ]
東京都庭園美術館 (白金台)
9月5日まで
最近行っていた展覧会など
 ああ…。結局またブログ無精が発生してしまった。
 お久しぶりの更新です。

 とりあえず、最近行っていたギャラリーや展覧会などを、記録的に記しておこうかと。

 展覧会『山本太郎 古典』
 有楽町の第一生命南ギャラリーで、『山本太郎 古典』展。
 これは、全然ピンとこなかったです。
 8月12日まで。


 それから、画像が無いですが、馬喰町のレントゲンヴェルケで、『忽那光一郎「風速0」』展。
 この展覧会は良かった!
 風景写真なのだけれど、写真はどれも空は長時間露光で撮影された飛行機の軌跡、下には建造物。という構成。
 写真自体も素敵なのだが、ギャラリーに入ると、オーナーの池内さんが他のお客さんに解説しているところで、僕も横でお裾分けとばかりに聞いていた。
 曰く、空にある飛行機の軌跡は“過ぎ去るもの”、対して下に地上にある建造物は“留まるもの”。この2つが1枚の写真の中で出会う。そして、ただ出会うだけではない、出会って、“和解”するのだ。
 ますます作品が素敵に見えた。
 7月31日まで。


展覧会『丸田斎』
 中目黒では、Mizuma Actionへ行ってきた。ここは、市ヶ谷にあるMIZUMA ART GALLERYの支店(?)のような場所。2Fと5Fと、2スペースある。

 行われていたのは、2Fが『Robert Waters “MAN”』展と、5Fが『丸田斎「平和と波動」』展。

 この、丸田斎展が良かった!
 0.1ミリのロッドリングのペンで、点々点々と点描されたものに彩色されている作品。この点描の数と細かさと密度がハンパじゃない!
 何でも、ひたすら点を打つ作業を1日8時間〜10時間、それを1年間続けたらしい。
 作家は長崎生まれで、展覧会名にはそういった背景が影響しているようだ。
 あまりに細かい点描に、執念のようなものさえ感じる。しかし、1つ1つ点を打ちながら、祈るような、そういう気持ちだったのだろう。だからこそ、理屈じゃなく作品に力があった。

 両方とも、8月14日まで。
(ねむ様、訂正致しました。コメントありがとうございました!)


 先日は、砂と恵比寿へ行って、MA2 GalleryAI KOWADA GALLERY へ行ってきた。
 ai kowada gallery

 恵比寿は、美味しそうなお店がいっぱいでした。


 それから、新宿へ移動し、僕だけ伊勢丹で行われている『THE PARK WEST ART SHOW』を観た。
 展覧会『THE PARK WEST ART SHOW』
 これは、東京のギャラリー6軒が参加している、プチ・アートフェアみたいな感じ。1階に3軒、地下にに3軒、それぞれのブースを設けて、展示販売している。
 無料で観れるし、多くの作家の作品があるので、お得感はありました。百貨店でこういう催しがあるっていうのは珍しいよね。普段、ギャラリーに足を運ばない人なんかには、身近で良いんじゃないでしょうか。


 それから、日曜には国立新美術館で『マン・レイ展』を早々と観てきました!!
 写真、撮り忘れたっ!!
 皆オルセー展を観に来ていて、マン・レイはガラガラに空いていたよ。
 これに関しては、後日独立した記事を書こうと思います。

 と、最近の展覧会巡りいくつか、でした。
 最近は制作制作です。こちらの近況報告も、また改めてしようと思います。
『シャガール』展
 今日は、日本画木曜会の後、梅雨の晴れ間に心動かされ、上野へ足を運び、東京芸大の美術館で開催中のシャガールの展覧会を観てきた。
展覧会『シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い』

 マルク・シャガール(Marc Chagall)[1887-1985]は、ロシア出身のユダヤ人であり、フランスで活躍した画家。日本人が良く知る画家の一人だと思う。
ロシアで美術学校に通っていた頃は、授業や周りの学生に辟易してやめてしまった。この辺の回想インタヴューを僕は所有しているが、かなり毒を吐いていた記憶がある。曰く「絵と呼べるものは1つもなかった」と。
エコール・ド・パリの一員として、主にパリで活動し、オペラ座の天井画も制作。
バレエ「アレコ」の巨大な背景画4枚のうち3枚が青森県立美術館に収蔵されたのは、記憶に新しい。

 さて展覧会。
 会場に足を踏み入れると、地下の第1室と第2室は、実はシャガール以外の画家の作品がほとんどであり、かなりガッカリした。
 とは言っても、ロシア。ロシア・アヴァンギャルドの国である。文化的に花のパリ等に遅れ、タイムラグでその芸術が伝えられ、後進国であった。しかし、ヨーロッパに学ぼうとする精神の一方、天才が多く生まれるのもまたロシアである。そういった国の同時代の画家の作品を観れたから良し、と思うのも1つの折り合いの付け方かもしれないけれど、やはり相当なガッカリ感。正直、大学の割に結構高い入館料を酷く思った。

 しかしっ!!3階の展示(芸大美術館はアップダウンが鬼不便である)で挽回してくれた!
 シャガールの油彩は、なかなかまとまった数を観ることが出来ない印象があるけれど、今回はそれなりの数のタブローが展示されていたのだ。
 たしかに、1・2点ずつなら色んなところで目にする機会があるが、なかなか多くのタブローを1度に観ることが出来ない。

 3階の初めの方にあった《緑色の恋人たち》という作品が、まず一気にそれまでの不満を解消してくれた。なんと言えばいいのかちょっと浮かんでこないが、聖なる感じもすれば、神秘的でもあり、童話の一場面のようでもある。かなりシンプルな構成ながら、注視に耐えうる、むしろ視線を離させない作品。

 その後,オペラ『魔笛』のイメージ画が多く展示されている部屋を抜けると、大きめの作品が数作展示されている最後の部屋となる。

 やっぱり、シャガール良いですよ。

 一見ファンタジーの世界のような、夢幻的な世界なのだけれど、確実にそれだけには回収されない深さがある。
 もちろん、とても詩的だし、夢のようだ。しかし、同時に切実さも漂う。明るいだけではない、魂の深みのような。
 それを、とても軽やかな、自由な、構成で描く天性。軽やかだが、絵の持つ心理的重力は重いのではないか。

 以前のシャガール展の記事でも引用した言葉を再び書いておこう。

「もしある絵で、私が雌牛の頭を切り取り、それを逆さまに置いたとしても、あるいは時々絵全体をあべこべに描いたとしても、それは文学作品を書きたくてしたことではない。私は絵の中に心理的なショック、常に絵画理論によって刺激される心理的ショック、すなわち四次元を持ち込もうと思っている。例えば、道。マチスはセザンヌの精神で道をつくり、ピカソは黒人やエジプト人の精神で道をつくる。私は全く違う方法で道をつくる。私には、私の道がある。私は道に死体を置く。死体は、道に心理的な混乱を引き起こす。私は屋根の上に音楽家を置く。音楽家の存在は、死体の存在と影響し合う。そして道を掃除する男。道路を清掃するイメージは、音楽家のイメージに影響を与える。落ちてくる花束、等々。このようにして、私は心理的な四次元を絵画表現の中に受け入れ、二つは一つ混じり合う。」

 それにしても、今回見て思ったのだけれど、当時のロシアの作家たちの作品には、通底して暗さが漂う。これは、もちろん時代背景とかが強く影響をしているのだろうけれど、本当にその土地の匂いというものが出るな、と思った。
 文学で言うところの、チェーホフやツルゲーネフの世界で見たような空気があるように思った。
 シャガールは、パリでこそ活躍すれど、やはりロシアの人であった。



[メモ]
10月11日まで
◇7月の掲示板っぽく◇
作品 201007

7月になりました。もう今年も半分が過ぎ去りましたね。
2010年は飛躍の年にしたいと思っているので、残り半分も充実させて、アーティストとして前進できるよう頑張っていきます!

ところで、先月はずいぶんブログの更新が少なかった…!!
すいません。
そんな間も、しっかりと閲覧にご訪問下さって、感謝感謝です!
沢山更新しようとは思っているのですが、どうもここ最近ブログ無精でいけない。
今月からは、今度こそはっ!うぐぐ。

ブログ沈黙の間も、ギャラリー巡りをしたり、演劇を見たり、マイケルの命日だったり、と色々とありました。
もっと、文章としてアウトプットしていかなきゃな。大切なことだ。

今月も、よろしくお願いします。



[画像]
《瞑想の訪れ》
2010/03/02
岩絵具、パネルに寒冷紗
145.5×112.0cm
作家蔵
《…》
powdered mineral pigments on cheesecloth mounted on wood
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